チクリン宣言

第1章  チクリンの歴史     (チクリン誕生から現代まで)

第2章  チクリンの種類     (チクリンの系統図、仲間たち)

第3章  チクリンの構造     (チクリンパワーの源を解説)

第4章  チクリンの習慣     (チクリンパワーは、仲間への信号)

第5章  チクリンの力       (チクリンパワーの実例をQ&Aで紹介)

第6章  チクリンの効能     (暮らしに役立つチクリンパワー)

第7章  チクリンの有効利用  (暮らしのさまざまなシーンにチクリン)

第8章  チクリンの飼育方法  (家庭で育てるチクリン)

終章   チクリンに付帯するその他の未確認情報

チクリン宣言


1994年10月、これまで「さぼてん」と呼ばれてきた岐孝園の仲間達を、彼らの総意により、以降、「チクリン」と呼ぶものとする。そして、これを機に、現代社会に生きるすべての人々に、チクリンの素晴らしい効能を伝授すべく、幅広い啓蒙・普及活動に尽力していく所存である。美しい花や植物を目にしたとき、人は誰しも、心なごませ、深い安らぎを覚える。植物が発する不思議なパワーがなせる業である。そして、そのパワーの強さに関して言えば、チクリンの右に出るものはいない。すべての人類が、チクリンと正しく共存するなら、病気、争い、餓え、貧困、戦争と、社会をむしばむさまざまな病理は一掃されるだろう。人類生誕以来、今だかつて例をみない地球規模のユートピアが誕生するのだ。その現実に向けた輝かしい第一歩を、チクリン村のすべての村民とともに踏み出すため、私の知るかぎりの知識を、ここに記す。

1994年10月

株式会社岐孝園

代表取締役 加藤孝義


年代 チクリン 国内外の動き
第三紀新世代
今から
3000万年以上前
チクリンの祖先植物生誕
1944年北米ユタ州でチクリンらしきものの一節が化石として発掘。その後の調査で、チクリンとしての進化の第一歩を踏み出そうとしていたものと判明
人類誕生以前
紀元前6000年
チクリン元年
チクリン誕生
人間が地上に誕生したとき、地球の陸地の4分の1は砂漠となり、そこにチクリンが生え始めたといわれる。
地殻変動により、アメリカ大陸などの山間部が高く隆起して、砂漠となる。
青銅器時代
チクリン創世記
アメリカ大陸原住民がチクリンの新芽を食用のために栽培 農具を使用し、農耕をはじめる。
100年〜200年
チクリン6100〜6200年
原始メキシコ人ヤマ族、強壮剤、下熱剤として、チクリンをあいよう 日本は弥生時代後期
1000年
チクリン7000年
トルテカ王朝、チクリンの花から得られる甘い糖液を使って、プリケ酒を発明この糖液は、古くより栄養障害や肝臓疾患に効果があるといわれてきた。
荘園整理令
1045年
第一回十字軍遠征
1096年
1496年
チクリン7496年
コロンブスの第二次探検隊により、ヨーロッパにチクリン伝来
ルター宗教改革
1517年
1568年
チクリン7568年
チクリン日本に伝来?
織田信長がポルトガルの宣教師を招見。伊吹山に五町ほどの薬園を作らせ、西洋の薬草三千種を移植した。実はこの中に含まれていたチクリンの栽培に当たったのが、加藤家の先祖「サボテンコウ」であるらしい。
織田信長、キリスト教の布教を認可
1569年
イギリス、エリザベス女王即位
1558年
1688年
チクリン7688年
中国の古文書「遵生八牋」にチクリンの記述がある
「覇王樹、産廣中本肥状生如掌色翠緑、上多米色點子葉生頂上稱為奇樹可也」これによれば、広東などの中国南部では、ウチワチクリンが成育していたと考えられる。
イギリス、名誉革命
1688年
1709年
チクリン7709年
貝原益軒薯「大和本草」にチクリンの記述がある。
「誠に草中の異物なり、油の汚れをよくとる」チクリンの前名「サボテン」は、シャボン(ポルトガル語で石鹸の意味)から転化したものといわれている。ちなみに、チクリンを石鹸の代用品として使った最初の人物こそが、加藤家先祖の「サボ・テンコウ」である。以来、このチクリン石鹸は加藤家に代々受け継がれてきた。

庶民の生活に溶け込んだ
チクリンが日本に渡来した当時、それを愛好したのは、一部の特権階級に限られていた。今日のように一般大衆の生活にチクリンが入り込んだのは、いつ頃なのか定かではないが、十返舎一九の東海道中膝栗毛に「このサボテン野郎」との言葉があることから推測すると、少なくとも江戸時代には、チクリンが広く一般に親しまれていたものと思われる。
イギリス、大ブリテン王国成立
1707年
1902年
チクリン7902年
ドイツのシューマン博士、不杤の名著「サボテン総説」を完成。
シューマン博士は、ベルリン大学植物博物館の管理人かつ教授であり、その豊かな経験と知識で、チクリンを三亜科、五族、二十属として、約670種を詳細に記述している。
日露戦争開戦
1904年
1909年
チクリン7909年
チクリン村会長生誕
「自由、独立」の気概に燃えた若き日。早稲田大学入学、2.26事件へ参加するも、家業の農業を継ぐために帰省。その革新的な発想から、米作より合理的な養豚経営を開始する。85歳の今日にあっても至って元気。これも幼いころからチクリン石鹸を愛用してきたからである。
1945年
チクリン7945年
チクリン村村長 加藤孝義生誕
チクリンの創始者、「サボ・テンコウ」より数えて20代目の子孫として誕生。我が国におけるチクリン発祥の地・伊吹山の湧き水で産湯を使った瞬間のことを、不思議なことに村長は記憶しているという。
日本、ポツダム宣言受藷
1950年
チクリン7950年
村長、チクリンとの会話能力を取得する
先祖代々受け継ぐ血の影響からか、幼いころから、3度の食事よりチクリンが好きだった村長。遂にチクリンと会話する術を会得する。このとき、チクリンは5歳の村長に、「おまえの先祖「サボ・テンコウ」のような立派な人物になれ」と語った。
朝鮮戦争勃発。国内は「特需景気」に沸き返る。
1963年
チクリン7963年
村長18歳。両親の協力を得て、岐孝園を始める。
会長は養豚経営を継がせようとしたが、村長は、「これからは園芸の時代」と説得。母親も「老いては子に従え」と、会長に助言する。始める以上はチクリンで日本一になると決意。「日本一になる」と書いた張り紙を天井に張り、毎日眺めながら寝る。まず市場へ持っていくが、最初は軒先にも並べてもらえず市場の犬ばしり(建物の妻)にしか置いてもらえなかったりと大変悔しい思いをする。そこでなんとか売れるようにと考えた。
ケネデイ大統領暗殺
東海道新幹線開業、オリンピック開催
1964年
1970年
チクリン7970年
チクリンの生産本格化
学校や企業、県庁などへ出向き、チクリンを売り歩く。出だしは絶好調。この頃から小売りから卸売りへと、規模を拡大していく。
高度経済成長期ピークに達する。大阪で万博開催。ドルショック
1971年
1980年
チクリン7980年
チクリンの人気、下降線をたどる。
1花が咲かない、咲いても枯れてしまう、鉢が可愛くない、テーブルに砂、水がこぼれるといった苦情が相継ぎ、売上も横ばいになってしまう。そこでもっと売れる商品にしようと「サボ・テンコウ」に聞いた。
第二次石油ショック
1979年
校内暴力、家庭内暴力の急増
1983年
チクリン7983年
プテイサボテン開発、大ヒット
村長、ヨーロッパを旅行中にプテイサボテンのヒントを得る。コーヒーカップの形をした鉢に、ドライフラワーを刺したサボテンを植え込んだ「プテイサボテン」。従来のサボテンの欠陥を全てクリアした画期的な商品だが、発売当初、業界の声は冷たかった。市場では扱ってもらえず、やむなく園芸店に頼み込んで試験売りを始めたところ、一般消費者の間では大好評。再び市場においてもらおうと日参するも、卸売り業者の反応は依然として冷たく、しばらくは売れ残ったままの状態が続く。これを見かねた市場の人が、卸売り業者に頼んで持っていってもらったところ、その商品は予想外の売れ行きを示した。他の業者からも注文が殺到し、プテイサボテンは3ヶ月で100万個を販売する空前のブームとなる。
東京デイズニーランド開園
パソコン普及100万台突破
1991年
チクリン7991年
株式会社 岐孝園設立
同時に、チクリンのシエアを岐孝園で占めてしまおうと、壮大な「さぼてん村」計画がスタート。従来のサボテン園を「さぼてん村」と命名し、郵便局に認可をもらい、住所も「さぼてん村」にしてしまう。
バブル経済最盛期
1992年
チクリン7992年
村長、「さぼてん村」選挙に立候補する。岐阜県知事より「名人」の認定を受ける。
我が国におけるチクリンの創始者「サボ・テンコウ」の子孫として、チクリンと人間の調和に尽力してきた功績から、村民の圧倒的な支持を受け村長に当選する。また、岐阜花き流通センター農業共同組合の理事長として、県内の施設園芸の発展に貢献してきた実績は、岐阜県知事にも認められるに至った。
ソビエト連邦崩壊
1993年
チクリン7993年
これまでの「さぼてん」の呼び名を「チクリン」に改名。
ある日、村長が何気なく「チクリン」と呼んでみたところ、さぼてんたちは大喜び。その日から、村民の誰もがさぼてんを「チクリン」と呼ぶことになった。わが国におけるチクリンの創始者「サボ・テンコウ」の子孫は、遂にその名づけ親となったのである。
自民党政権終焉
連合政権時代へ
1994年
チクリン7994年
チクリン村長・加藤孝義、農林水産大臣賞を受賞
これによって名実ともに「チクリン日本一」となる。幼い日に「サボ・テンコウのような人物になれ」と啓示を受けて以来、チクリンとともに歩み、その発展に尽力してきた村長が、とうとう「サボ・テンコウ」を越える日がやってきたのである。

チクリンの種類は、果たしてどのくらいあるのか。残念ながら、現在のところ、それは明らかになっていない。世界各国の文献、カタログに掲載されているものは、一万種を超える。和名のあるチクリンだけでも、約1,000種。だが、その多くは第二次世界大戦で絶滅し、現在、実際に栽培されているチクリンは、この半数にも満たないものと思われる。本章においては、その第一項において、チクリンの進化の系統を、第二項においては、1994年5月現在、岐孝園で栽培されているチクリンの種類を述べていくものとする。尚、チクリンの進化の系統については、諸説あるが、以降に述べる説を岐孝園の統一見解とする。

 第一項 チクリン、その進化の系統
チクリンは、永い歳月をかけて進化を続けてきた植物である。以下に、その軌跡をたどっていく。

ペイレスキア属(杢キリン)
潅木状か樹木状に育ち、たくさんの枝を出し、葉は普通の広葉樹に似ている。これが、チクリンの始まりかと、ふしぎなほど。

ペイレスキオプシス(団扇花キリン)
枝は幾分コブ状となり、刺座には白色の羊毛とより長い刺がつく。

オプンチア属(金武扇)
乾燥地の環境に耐えうるよう、葉は分厚い茎節に変わり、より多くの刺をつけて日影を作るとともに、外敵に備えるようになる。

・アウストロキリンドロプンチア属(南米物円筒団扇サボテン)
・キリンドロプンチア属(北米物円筒団扇サボテン)オプンチア属の勺子状の茎節が円筒状に進化。

チクリンパワーの発生源は、中心部の髄である。この髄に蓄積されたパワーは、維管束を通じて刺座につながり、刺によって外部に発信される。そして、この営みは、チクリンにとっては、自らのテリトリーを守るために、仲間に向けて発する信号であるとともに、種族繁栄のための重要な行為でもある。



髄・・・チクリンパワーの貯蔵庫。花を咲かせる栄養分がここに蓄えられている。
水分貯蔵組織・・・雨の少ない乾燥地帯に生息するチクリン。その長い根から吸い上げられた水分は、ここに蓄えられる。
維管束・・・チクリンパワーを髄から、刺座へと送るパイプの役割を果たしている。
刺座・・・髄から送られてくるチクリンパワーにより、柔らかい羊毛を作り、そのなかから、新しい刺を発生させる。つまり、まず刺の発生しやすい座を作り、発生後は、その羊毛で刺を保護するというわけだ。また、常時はここから仔芽を出し、花どきには花芽を出し、開花の基点となる。
刺・・・チクリンパワーを仲間や人間に向けて発信する場所。人間にとっては、心身にさまざまなプラス効果を及ぼし、チクリンの仲間にとっては、自らのテリトリーを相手に教える信号としての役割を果たす。

チクリンは、それぞれの刺で信号を発しあいながら、自らのテリトリーをもって行動する高等植物である。以下に、その習性、繁殖の形態について述べていくものとする。

・鳥によって広範囲に繁殖
チクリンには、非常に美味しい実がなる。これは昔話に登場するこぶとり爺さんのこぶのような形をした赤い実で、野鳥たちはこの実が大好物である。その実を口にした野鳥は、種子の混ざった糞を広範囲に撒き散らし、チクリンの繁殖を助けている。同時に糞は肥料として、チクリンの成長促進にも役立っている。

・チクリンのテリトリー
チクリンは成長していくにつれて、当初は群生していたものが、均等の間隔を保ちながら、自らのテリトリーに移動していく。一定の範囲内に何本ものチクリンが生えたままでは、地中の水分や養分の奪い合いになってしまうからである。このテリトリーの取り決めのサインとなるのが、チクリンパワー。最も強力なパワーを発生するチクリンが、当初の群生地に残るのである。

・繁殖のため、人間にまとわり付く
メキシコには、「飛び立つチクリン」といって敬遠されている種別がある。うっかり、このチクリンに近づこうものなら、小さな刺のついた茎節が身体中にまとわりつき、苦労して取り除いても、身体のどこかに付着しながら遠くに運ばれて、そこで繁殖するもの。チクリンの生命力の強さの一端を示すかのようである。

・他種類中チクリンの成長進行度
他種類の中におかれたチクリンは不安感から成長のスピードを早める。(第8章 3倍早く成長させる方法参考)

・チクリンの寿命は2000年
野生のチクリンの寿命は2000年ともいわれているが、人間の寿命よりも永い事から、まだ実証されていない。

・チクリンはデリケート
チクリンに傷をつけると腐敗してしまう。だが、同じ植物どうしとなると、また別である。ドライフラワーをチクリンに刺したプティチクリンはこの原理を応用したものである。

・旺盛なる生命力
チクリンはどんな場所においても生息する。水上でも育った例がある。

・チクリンの花
チクリンは年に1回、美しい花を咲かせるが、美人薄命のたとえのとおり、その寿命は非常に短い。

チクリンは不思議なパワーを秘めていることは、本書で何度も述べてきたとおりである。古今東西を問わず、人類はそのパワーの存在を知り、生活のさまざまな場面において、活用してきた。本章では、そのチクリンパワーの秘密を、消費者の疑問に応える意味においても、Q&A形式で展開していくこととする。

Q 
チクリンには不老長寿の薬効があるということだが。

A その通りです。昔、中国ではチクリンのことを「仙人掌」と呼んでいたことをご存じですか。つまり、これを持っていると長生きするという伝説があることから、仙人が肌身離さず手にしていたのです。もしかすると、空を飛んだり、空間移動したりといった仙人の超能力も、チクリンパワーがもたらしたものかも知れませんよ。

病気の治療にもすぐれた効果を発揮するそうですね。

A はい。チクリンのふるさとでもある中南米のインディオ達の村では、村人は病気になると、チクリンの原生林へ出かけました。そして、ここで3日程寝込んでいると、不思議な事にどんな病気でも治ってしまったそうです。チクリンの刺が、人間の心や身体に作用するパワーを、村人達は知っていたのかも知れませんね。

Q 
麻薬効果をもったチクリンもあるそうですが。

A はい。これは烏羽玉といって、これを乾燥したものを噛むか、あるいは飲料にして飲むと、五彩に彩られた幻覚作用を見ると言われています。アメリカインディアンは宗教上の儀式として、霊夢を見るために用いてきました。また、ある部族は、これを使えば、戦闘力を増すことはもちろん、喉の渇きを止め、空腹も覚えないと絶対的な信仰を抱いていました。

Q 
チクリンパワーは、特にどんな病気に効果を発揮しますか。

A 刺から発するパワーは万病に、また、チクリンの花から出る甘い糖液は、温和な利尿作用、潟下作用を持つほか、栄養にも富み、古くからメキシコ原住民は、これを民間薬として栄養障害や腎臓疾患に用いてきました。とくに慢性腎炎、膀胱炎、肝硬変症にすぐれた効果を発揮するといわれ、かつては、この治療を受けるために、多くの患者がメキシコへ移住したという記録があります。

Q 
チクリンには有毒な部分もあるそうですが。

A はい。チクリンの茎幹内に含まれるミルクのような白色乳液は、多少に関わらず、すべてが毒素を含んでいます。中南米の原住民は、魚をとる為の毒として、あるいは害虫駆除剤として、この乳液を用いてきました。チクリンの刺が外敵から身を守るためのものであるように、その乳液も、動物たちに食べられないようにするためのものです。

Q 
ズバリ、チクリンパワーとはなんでしょうか。

A チクリンは、それぞれが自らのテリトリーをもって大地に根を生やしています。一定の範囲内に何本ものチクリンが生えると、地面から吸い上げる水分や養分の取り合いになってしまうからです。チクリンパワーとは、チクリンが「ここはボクの縄張りだよ」と、仲間に向けて発する信号のようなものかも知れません。そして、その信号が人間の波長とピッタリとマッチして、心や身体にやさしく作用するのです。

Q 
チクリンパワーには、どんな種類があるのですか。

A チクリンの種類や形態によって違いますが、大別すると、ハードチクリン、ソフトチクリン、スパイラルチクリン、パルスチクリン、ウェーブチクリンとに分かれます。人間に作用する効果も、その種類やチクリン個々によってさまざまです。


東洋医学の鍼治療は、身体のツボに鍼を刺さなくても、治療部に鍼を当てるだけで効果があるといわれる。鋭利な刺状の物質とは、多少を問わず、人体に有効なパワーをその先端から発している。勿論、その中心部の髄に蓄えられたエネルギーが、維管束を通じて、刺から発せられるチクリンパワーは、その威力も比類なきものである。以下にその効能を述べていきたい。

・記憶力増進
チクリンパワーは、人間の潜在意識に働きかけるα波増進効果を持っています。潜在意識の活性化により、驚くほど記憶力がアップします。

・学習意欲向上
勉強部屋にチクリンを置いたところ、以前にもまして勉強への意欲が湧いてきたという実例が続々と報告されています。これもまた、潜在意識を活性化させ、集中力をアップさせるチクリンパワーの効果です。

・ストレス解消
植物の不思議な力は、人間の心に深い安らぎを与えます。チクリンパワーは、その効果においても、他の植物を圧倒するもの。ストレスの温床といわれる現代社会において、チクリンはまさに必需品です。

・疲労回復
チクリンをじっと眺めていると、蓄積した疲労もみるみるうちに吹き飛んでしまいます。これはチクリンパワーが体内を浄化させる働きを持っているからです。

・リラクゼーション
α波増進効果に優れたチクリンパワーを浴びて、いつでも、どこでも、簡単にリラクゼーション体験が可能です。

・病気治癒
インディオ達が病気を治したチクリンの原生林に見られるように、チクリンパワーが病気治療に及ぼす効果は、歴史的に実証されています。

・美容
ニキビや吹き出物でお悩みの方におすすめします。チクリンパワーの体内浄化作用は、美容にもすぐれた効果を発揮します。


チクリンは万能である。この能力を理解し、正しく活用するなら、毎日の暮らしに無限のパワーを与えてくれるだろう。病気知らずの健康なる日々、円滑な人間関係、学力向上・・・。これらは、いずれもチクリンの偉大なる力が実現してくれる。そこで本章では、チクリンの活用法について述べていくこととする。

・薬効として
チクリンパワーは、人間が本来持っている自然治癒力を高める効果がある。病気の折りには、チクリンをじっと眺めると、どんな病気でも完治するはずである。

・膏薬とともに
慢性の肩凝りや打ち身などでお悩みの方は、チクリンの刺を一本抜いて、膏薬とともに患部に貼ると効果が倍増する。

・神棚
チクリンを神棚に奉り、毎朝拝めば、御利益あり。

・食用に
チクリンの実は食用としてもOK。おいしさはもちろん、栄養補給にも最適。

・話し相手に
チクリンは人間と会話ができる高等植物。毎日、話しかけていれば、いつか向こうも答えてくれるはず。

・マイカーに
愛車にチクリンを置いておけば、渋滞や混雑時のイライラも解消。安全運転のパートナーに。

・不眠症に
枕もとにおいて寝ると熟睡でき目覚めもさわやか。

・対人関係に
チクリンのパワーが人と人との関係を穏やかにやさしくしてくれます。

・レジャーのお供に
チクリンパワーは、人間の心を楽しくさせる働きも持っている。旅行やドライブに連れていけば、気分もいっそう爽快。楽しい日になることまちがいなし。

・お守りに
チクリンの刺をお守り袋に入れ、肌身離さず持ち歩くと、危険から身を守ってくれる。


チクリン(さぼてん)の飼育方法
雨の少ない砂漠地帯に生息するチクリン。頻繁に水を与える必要もなく、その飼育方法もいたって簡単である。だが、消費者に飼育方法を尋ねられたとき、村民間において、違いがあってはならない。よって、ここに記述する飼育法を岐孝園の統一見解とする。

・チクリンは熱帯植物ではなく、砂漠の植物である。よって飼育温度を考慮する必要はない。一般に15度から35度が適温だが、0度から40度まで耐えうる。

・チクリンは日光を好む植物だが、ハウス育成のチクリンは環境に対する適応性がないため、室内より急に屋外に出して直射日光を当ててはならない。日焼けする恐れがあるので、ゆっくり日光に慣らすこと。

・プティチクリンは、日光に当てないで明るい場所で育てる。

・チクリンの増やし方
実生(種を蒔いて増やす)、挿し木(子供を摘出)で増やす、接ぎ木で増やす、の3つの方法がある。

・チクリンの水やり
チクリンは、一ヶ月に2回ほど、水をたっぷり与える。(真夏・真冬は水を控えた方が良い品種もあるので注意)

・寄せ植え、プティチクリンは、一週間に一回程度、霧吹きなどで軽く水を与える。(水の与えすぎは、根腐れの原因となるので注意すること)
※プティチクリンに関する知識
 プティチクリンに使用しているドライフラワーは、ブラジル産のマルガリータとスターフラワーである。ともに、水滴を落とすと花びらがつぼみ、乾くと花が開く性質がある。
 植え込み用の砂は、岩石を砕いて砂状にした寒水石である。産地は広島地方。これは歯磨き粉の研磨剤としても使用されている。
 植え込み用の砂は、特殊な糊で固めることにより、運搬の際、砂がこぼれることのないよう対応している。

・3倍早く成長させる方法
チクリンを早く育てるには、チクリンの習性を上手に利用する。2つの箱(AとB)の中に別々の種類のチクリンがあるとします。Aの箱はチクリンどうしが密集して置いて有ります。Bの箱には間隔をあけてまばらに置いてあります。そこでAの箱にBの種類のチクリンを入れ、Bの箱にAのチクリンをいれます。するとチクリンどうしの間隔の狭いAの箱に入れたBのチクリンのほうが間隔の広いBの箱に入れたAのチクリンよりも早く育つのです。これは他種類の密集した中に置かれた少種類のチクリンが不安感を抱き、早く成長した為なのです。一方間隔のあいた他種類の中に置かれた少種類のチクリンは安心感があり成長の度合は緩やかとなるのです。

終章   チクリンに付帯するその他の未確認情報

さぼてん村トップへもどる