界一の“サボテン王”に
常に花咲くチクリン開発
マナ板の鯉
加藤孝義
株式会社岐孝園代表取締役
料理人
藤掛庄市
岐阜大学教育学部教授

加藤社長
「岐阜を考える」は、第一線で活躍されている方に登場していただき、掲載内容が読者の社業発展等の一助になれば、と設けたものです。
今回は世界一の栽培面積を誇る(株)岐孝園の加藤孝義社長を、岐阜大学の藤掛庄市教授に料理していただきます。

藤掛教授

 もともと普通の植物が砂漠化進みサボテンに

藤掛  サボテンは英語で「カクタス」と呼ぶのですが、語源はギリシャ語からきているのでしょうね。アメリカ産だから、恐らく1492年にコロンブスがアメリカ大陸を発見した時、ヨーロッパに持って来たんでしょうね。
加藤  海外では「カクタス」、中国や台湾の東洋では「仙人掌」と呼びますね。日本で「サボテン」と呼び出したのは、まだ最近のことで、私が商売を始めた35年前には、「シャボテン」と呼んでいました。
藤掛  ポルトガルを経由して日本に入ってきたのでしょうか。
加藤  織田信長が伊吹山に3000種もの薬草を植えたのだそうですが、そこにサボテンがあったんですね。サボテンは、そもそも普通の植物だったのが、大陸が砂漠化していった時、葉っぱを丸くしてタンクをつくり、雨が降ったら水を貯えるようにしました。また、動物に食べられないようと、トゲをつけたのです。長い年月をかけて変化したんですが、賢い植物だったのですね。(笑い)
藤掛  花を愛でたくとも、サボテンは2、3日しか咲かないそうですね。花の命は短かいとうことですが、すると、サボテンは何を見て楽しむのですか。

プチフラワー開発して女子高生の人気商品に

加藤  形やトゲ、色をみるんですが、花がないのはイヤだというので、私は昭和五八年にドライフラワーを挿したプチフラワーを商品化しました。1年中、花が見えるサボテンというわけです。これは花同志なので日が経つと一体化しますし、水をやるとしぼみ、乾くとまた咲きます。
藤掛  素晴らしいサボテンに進化したわけですね。それにつけても、本当にドライフラワーが咲いたりしぼんだりするのですか。
加藤  ひょんなことで、ブラジル産の白い花が開閉自在の運動を起こすことが分かったんです。現在、3種類ありますが、それに色が白いので、着色が可能です。
藤掛  3種類で7色としても、21種類の鉢植えができる。研究の結果、分かったのですか。
加藤 いいえ。偶然です。
藤掛  そうでしょう。大発見は偶然が多いからね。(笑い)
加藤  58年にようやく商品化して、園芸店に頼んで無理に置かせて貰ったんですが、売れるかどうか、心配というよりは、大変恐ろしかったね。店の向かい側の電柱の陰に隠れて見ていましたよ。値段が380円と手頃なこともあって、女子高校生を中心に人気商品になり、3カ月で100万個を売り上げることができました。

 周囲の反対押し切って好きなサボテンに賭る

藤掛  まさに、サボテンにのめり込んだということですが、どんな経緯があったのですか。
加藤  農家の跡取りだったんですが、小さいころからサボテンが大好きで、病気になっても、サボテンを買ってもらえば、すぐに治るという程のめり込んでいました。19歳になってサボテンをやるといったら、父をはじめ家族や親戚まで含めて大反対でした。当時は食料増産の頃でしたから当然な話です。いわば国賊のようなものだったんですが、それでもなんとか説得して、柿畑を切り開いてサボテン作りを始めたんです。その時、“どうせやるんなら日本一のサボテン家になってやるぞ”と心に誓いましたよ。
藤掛  こりゃ、まさにサボテン病だ(笑い)。
加藤  ただ、販売には苦労しました。反対の父も理解を示してくれ、得意の話術(早稲田大の雄弁部卒)を駆使して、あちこちで売ってくれましたが、日本一には程遠い。友人の紹介で大阪の花卉市場に持ち込んだところ、徐々に売れ出し、そのまま順調にいくかに見えました。
 ところが、昭和51年9月の集中豪雨でサボテン畑が水浸しになり、もうダメダと一時はあきらめかけました。しかし、大見得をきった手前、このまま止めるわけにはいきません。
藤掛  名うてのサボテン狂が、それ位のことで引き下がるわけにはいきませんわね。
加藤  おっしゃる通りで…。サボテンしか生きる道はないので、思い直して再度チャレンジしました。それが先程のプティサボテンの開発につながったのです。当初は“変な客が買っていった”と評判になりました。これまで全然来なかったお客が、押しかけて来たというわけですよ。
 その後、栽培面積も増やして、現在は10万平米になりました。日本一になったので、自称“サボテン村”と名付けました。
藤掛  女子高生は変な客でしょう。当時の園芸店といえば、来るのは恐らくジイサン、バアサンばかりでだろうからね(笑い)。そこまできたら、一年中きれいな花が咲き、いい匂いがするサボテンをつくってほしいですね。

 “サボテン村”つくり感動の商品を世の中へ

加藤  人間の究極の欲望はきれいな花ですから、おっしゃる通りです。そこで21世紀の新しい植物として開発したのが、サボテンをバージョンアップ(進化)させた『チクリン』です。10年前から改良に取り組んできたんですが、実用化のメドがつきました。枯れたり、しぼんだり、腐ったりしないし、高温にも強く、マイナス5度の低温にも耐える植物の開発プランを黄金計画と呼んでいますが、『チクリン』もいよいよ感動商品の仲間入りをします。
藤掛  賢い社長が、賢いサボテンを、さらに進化させたわけですが、造園業も益々バージョンアップといったところですね。『チクリン』をアメリカの砂漠に持っていっても、立派に育ちますね。アメリカといわず、世界の砂漠を『チクリン』で埋めつくすことも、可能になりますか。
加藤  このままでは地球はどんどん砂漠化していくと思います。その時には、『チクリン』を食糧として利用できます。『チクリン』を制する者は、世界を制するということですが、そうなると、生きるのに非常に厳しい環境になるので、そうならないように努力すべきでしょうね。
藤掛  それは大切な哲学ですね。今後もサボテンを、どんどん進化させて、世界中の人々を楽しませて下さい。


 一口データ

■株式会社岐孝園
■住所 岐阜県瑞穂市さぼてん村
■プロフィール
 同社は加藤社長のサボテン好きが 高じて昭和39年に設立された。サボテンの栽培と販売を行っており、今では世界一の栽培面積を誇るまでに成長した。
主力商品は、同社開発のプチサボテン。常に新しく、楽しい商品を開発し続けている。

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